偶発債務とは

偶発債務は、日本企業によるM&Aにおいて、軽視しがち・でも重要な要素の一つです。今は債務ではないけれど将来には債務になる可能性があるもののことを指します。

典型例としては係争中の事件における賠償金が挙げられます。近年の訴訟では賠償金の金額は時に何十億という単位になりますからM&Aの際には注意が必要です。格安だと思って買収した企業が実は多くの訴訟に巻き込まれていたとあっては大損ですからね。

会計士が毎年偶発債務の存在を監査しているので、一から偶発債務を探す必要はありません。問題は、会計士の処理に主観が大きく入っているということです。売り手と買い手の意識に齟齬があるような偶発債務に関しては買収の際には以下のような対策を考慮する必要があります。

① 買収価格を下げさせる(契約書、クロージングのいずれかの時点)
② 売り手に表明・保証をさせる
③ 偶発債務を引き取らない(資産買収の場合)

こう書くと、非常に単純に思える偶発債務対策ですが、将来は不確実=偶発債務の可能性を消し去ることは不可能なわけですから、実はやっかいな問題です。訴訟問題以外にも環境問題や特許侵害など多くの可能性がありますから、それら全てをつぶすことは事実上不可能だといえます。

よって、大事なのは、偶発債務を消失させることではなく、どこでリスクをとり、どこでリスクを軽減させるか、という取捨選択であると思われます。交渉相手が偶発債務全てについて安易に譲歩してくることはありえませんから、やはり何処かで妥協は必要です。譲歩してはならないところ、リスクを絶対にとりたくないところで、相手から上手く条件を引き出すことさえできれば、実はかなりの成功といえると思います。

M&Aの交渉において重要なのは「勝ち・負け」を意識しないことです。偶発債務においても同じです。「この偶発債務について良い表明・保証を取り出せたから交渉に勝利した」という思考は大変危険です。相手は当然ながら「失敗した。どこかで取り返したい」と考えているわけで、その後の交渉が難航するのは目に見えています。やはりWIN-WINの意識を忘れずに、何が何でも自分に有利な条件を引き出そうとするのではなくて、相手がどうしても通したいところは認める、その代わりに自分の通したいところは認めさせるというほうが有益であると思います。

話が偶発債務から外れてしまいました。とりあえず私は偶発債務の問題は交渉テクニックを考慮するうえでは最適な問題であるかと思っています。繰り返しますが、偶発債務は、その定義上、どうしても読めない部分が大きいために、これにはこの金額という理論的な交渉ができません。DCF法や倍率法など、ある程度は理論が共有されているバリュエーションの問題以上に、アートの要素が必要となってきます。そこでは、やはり駆け引きの技術が強く要求されるのだと思います。

とあるブログで、表明・保証を執拗に要求する売り手側の弁護士に対して、買い手側のM&Aバンカーが「このホモ野郎!お前がクソホモ野郎だって認めたら、クソ表明をしてやろうじゃねえか!(内容うろ覚え)」と言って相手を黙らせたとの記述がありました(笑)

野生的過ぎるきらいはありますが、結構いい線いってる交渉術だと思います。将来のことなんて全く読めないにもかかわらず、やたらに表明・保証にこだわりすぎていてはうまくいく買収も頓挫してしまいますから、しびれをきらしたM&Aバンカーの対応も案外買収全体には貢献するものであったような気がします。



偶発債務は徹底的に洗い出せ! しかしこだわりすぎるな!

というのが私の見解です。